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第2話 先輩

Author: 文月 澪
last update Last Updated: 2025-05-06 17:57:13

「先輩だったんですね、失礼しました。これから仲良くしてくれると嬉しいです」

 可愛らしい見た目だから間違えてしまった。正直に頭を下げて謝ると、先輩はカラカラと笑って許してくれる。

「気にしないで! ボク、こんなんだからさ、よく間違われるんだ~。女の子って言われた事もあるよ! だから凜ちゃんが羨ましくて、思わず声かけちゃった」

『凜ちゃん』

 そう呼ばれたのは、いつぶりだろう。昔はみんな『リンちゃん』って呼んでくれていた。それがいつの間にか『凜くん』になって、行き着いた先が『王子様』だ。

 私はそんなんじゃないのに、お母さんが半ば強要していたのを覚えている。幼稚園の頃、先生が私を『リンちゃん』と呼ぶと、迎えに来たお母さんがヒステリックに騒ぎ立てたんだ。それを見て他の子は泣きだすし、園長先生は出てくるしで、幼いなりに自分は『凜くん』である事を求められているんだと感じていた。

 そのせいなのか、見た目も中性的に育っている。

 170㎝を超える身長、凹凸の少ない体、切れ長の目。

 瀬戸先輩みたいに羨ましいと言ってもらえるのは、素直に嬉しい。それを否定するのは、贅沢なんだと分かっている。

 それでも、『かっこいい』より『可愛い』と言われたい。私だって女子なんだから。

 そんな思いをひた隠しにして、私は笑う。

「ありがとうございます。先輩は本当に可愛いし、十分気を付けてくださいね。今の時代、男子だからって油断はできませんから。何かあったら、気軽に相談してください。用心棒でも何でもしますよ」

 力こぶを作りながら言うと、先輩は腕に手を伸ばした。ムニムニと触り、感嘆の声を上げる。

「すっごい! 女の子なのに筋肉がしっかり付いてる! ねね、筋トレとか教えて? ボクも筋肉付けたいんだ~。やっぱりプロテインかなぁ」

 瀬戸先輩は私の横に付いて歩を進める。少し下にある顔は幼さを残すけど、喉仏はしっかり出ていて、どきりと心臓が鳴った。気恥ずかしくてさっと顔を背けると、先輩が覗き込んできた。

「ん? どうしたの凜ちゃん。なんだか顔が赤いけど……熱でもあるの?」

 少し踵を上げて伸ばされた掌が、額に触れる。さらりと前髪を払うのは、節が目立つ細い指。ちょっとだけ冷たいそれは、また私の心臓をざわつかせた。

 こんな感覚は初めてだ。何故だろう、先輩には自分とは違う、異性を意識させる何かがあった。見た目とは裏腹な色気、のようなものを感じてしまう。

 男子とだって、普通に接してきた。部活の先輩とも、普段からじゃれ合っているのに。

(なんで……?)

 自分の異変に戸惑う私は、周囲に不自然な空間が空いている事に、気付きもしていなかった。

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